2025年3月12日水曜日

市川市 町中華vol.『南行徳 喜楽』

 

こんにちは、営業部のKです。

今日は、私が好きな町中華を紹介しようと思ったのですが、店がなくなっておりました。

悲しい・・・・・・・・・。

それは市川市の妙典にある『中国ラーメン 華風伝店』でした。

令和5年6月30日で閉店しました。ラーメンとチャーハンが絶品だったなぁ・・・・。

さぁ!!気を取り直して、



第1回目は、南行徳駅から徒歩10分位にある『中華料理 喜楽』さんに行きました。

YouTubeや夕方のテレビニュースにも取り上げられている人気店です。

時間をずらしたのですが、それでも満席でした。昼営業終了30分前に入店しました。

事前に何を食べればよいか学習するのをすっかり忘れておりました。

こういう時、私はラーメン・チャーハンセットで間違いありません。

到着しました。まずは、ラーメンはあっさり

した醤油ラーメンと細麺の相性がバツグン。

チャーシューとてもやわらかく私好み

でした。今度、チャーシューメンでも

いいかもしれませんね。

チャーハンもうまい!味もサイコーでした。

ラーメンの丼に隠れてしまいましたが、

小鉢(煮物)もよかったなぁ~。水ではなく麦茶でした。麦茶2杯おかわりしました。

最後に定員さんから飴ちゃんをいただき、お店を出ました。

地元に愛されている町中華『喜楽』さんでした。ごちそうまさでした。







2025年2月18日火曜日

うぐいす鳴いた、ホーホケキョ

 

うぐいす鳴いた、ホーホケキョ

 

もうすぐ春がやってきます。春といえば何が楽しみでしょう。筆頭は花見でしょうか。桜もいいけど梅や桃もやってきます。千葉県民としては菜の花を忘れるわけにはいかない。たんぽぽも咲くしチューリップも可憐ですよね。その他にも夜空を見上げれば朧月夜。食べる方でも苺が旬を迎え、桜もちも美味しいですね。いやいやタケノコでしょうという方もいらっしゃいますね、きっと。

 

そんな中、耳を澄ませば様々な鳥のさえずりも聞こえてきます。ひばり、ほおじろ、エナガ・・・・いやいや、やはりうぐいすを外すわけにはいかないでしょう。私の地元の通勤路は自然が豊かで朝はうぐいすのさえずりが出勤の背中を押してくれます。心地よく聞いて歩いていたのですがある朝、気づいたのです。

 

「音痴がいる」

 

よく聞く鳴き声は“ホーホケキョ”です。というか、うぐいすといえば“ホーホケキョ”でしょう。ところが“ホーケキョ”や“ホーーーーーーキョ!”などこちらの歩くペースも乱さんばかりの愉快な鳴き声も聞こえてくるのです。音痴という面では私としてはとても親近感が湧くうぐいすさんです。

 

しかし、残念なことに音痴なうぐいすさんも少しずつ成長するのかだんだん上手くさえずるようになってしまうのです。ほどなく正調の“ホーホケキョ”が大部分を占めることになってしまいます。ん?でも正調?彼らの中にもさえずりの音程に正解があるってことですか?それって誰が決めているの?相手は野生のうぐいすですよ!?

 

私は音痴のうぐいすさんが大好きです。あなたのその歌声は私の歌声のようで心強い限りです。どうか同調圧力に屈することなくオリジナルのさえずりを今年も存分に聞かせて下さい。

 

 

うぐいす


メジロ

2025年2月10日月曜日

本を持って外にでてみませんか?

 

さんは紙の本を普段どのくらい読まれていますか?私はモノとしての「本」が好きなので読書はもっぱら紙の本です。触れて楽しい装丁や紙、文字から香る色気や余白に漂う空気感が好きなので自分と波長の合う本を手に取ると何とも言えない幸福感を覚えます。先日も古本販売の催しでDTPが出てくる以前の本を買いました。文字に写真植字時代の風情が良く出ていて思わず笑みがこぼれてしまったのですが、実はその本、DTPで編集し直されたものが出版されていて私はそれを持ってます。結果同じ内容のハードカバーとソフトカバーの2種を所有する事になりましたが、ここで私は声を大にして言いたいのです。いいんです。構わないんです。正直なところ読み易さは今のDTPの文字が上だなあとも感じたりもしますが、ハードカバーの古めかしい本には形容し難い格式が有り何故か背筋を伸ばして読まねばならない気がしてくる・・・そんな本を所有するだけで嬉しいのです。

 



そんな本を私たちに届けてくれるのが街の本屋さんです。私が子供の時分に住んでいた町にも小さな本屋さんがあり胸をときめかせて本を買ったものです。しかし昨今話題にもなりますがその書店の数がどんどん減っているのです。この20年で半減とか。千葉県でも話題になっていましたが自治体内に書店が無い「無書店自治体」が全国で4分の1以上に拡大しているとの事。我が街市川でも以前は駅周辺に3店舗有ったのにここ数年で1店舗になってしまいました。これは良くない。非常に悲しい。

 


そのような中、2月7日の読売新聞1面で興味深い記事が掲載されていました。読売新聞社と講談社が「書店活性化へ向けた共同提言」をまとめたとの内容でした。キャッシュレス負担の軽減や書店のDX化、新規出店の支援や魅力を伝える人材育成等を官民ともに努力せねばならないという内容でした。地域の文化拠点として書店は存在せねばならないという事であり、それは全国紙の1面トップで声をあげる必要が有り価値があるという事なのでしょう。

 



また昨年には図書館流通センターと取次大手の日販が図書館で本を販売する実証実験を行うと報道されていました。図書館窓口に書籍購入用の窓口を設け、図書館で読んで気に入った本を購入したりできるようにするそうです。流通に地元の書店を介在させ、なおかつ文具や地元野菜の販売も視野に入れているそう。地域を活性化しつつネット通販を利用しずらい層をフォローし、さらに地域の交流拠点を目指すそうです。ここでも文化の維持拠点として書籍を販売する場所が必要という発想がみえます。

 




ただ、ここで1点、リアルな書店が減少するのは自然淘汰だという意見も有るでしょう。公金を投入してまで延命する必要があるのかと。電子書籍を有効に活用すればネットを介して遥かに膨大な本と触れ合う事が出来るのだろうという意見は勿論正しい。電子書籍には紙の書籍には無い利点も多々ある事は間違いありません。文字に加え音や動画を併用できより多くの情報を伝える事が出来る点はとても大きなメリットでしょう。ただ私は思うのです。電子書籍は紙の書籍の進化形なのか。紙の書籍は懐古趣味のシンボルとしてその姿を残すのみで実用性としては電子書籍にその座を全て譲るしかない存在なのでしょうか。

 

昨年の上半期、ある記事が目に留まりました。デジタル先進国といってよいであろう北欧スウェーデンでは教科書のデジタル化が推進されていたのですが、ここに来てその見直し論議が活発になってきたのです。デジタルは音や動画でリアルな内容が理解しやすい反面、紙の方が見直しやすく、要点を思い出しやすく、内容をよく理解できるというのです。詳細は今後様々に検証されていくでしょうがデジタル先進国にてデジタル万能論に待ったがかかったのは興味深い事です。


 

2月上旬。まだまだ寒い日が続いております。しかしやがて水ぬるむ季節がきたらお気に入りの本を一冊持って外に出ようと思っています。うららかな春の陽射しの下、柔らかくも端正な明朝体を追いかける贅沢な時間を過ごすつもりです。

2024年11月8日金曜日

宝の持ち腐れ


2年くらい前に、友人から譲り受けた天体望遠鏡の存在を

最近になって思い出し少々の埃を払い、引っ張り出しました

今年の中秋の名月は、満月では無いとのことだったので

日にちをずらし満月の日を調べ観測してみることに

説明書を読みながらレンズの調節に苦戦しながらも

覗いてみると…





綺麗に見えました!クレーターもくっきり!

スマホで撮影もできました!

譲り受けた望遠鏡はうちには勿体ない良品でした…


どんどん観測していきます!

2024年11月1日金曜日

見直しって大切

DTPオペレーターの仕事をしていると、著者が書いたままの、推敲・添削する前の文(原文)に接することが多くあります。

著者や編集者の指示で何度も修正を繰り返し、完成したものが読者の元に届くのです。





文章を書くのはなにもプロの方だけに限りません。

なかには失礼ながら「文章を書くのが苦手なのかな……」と思ってしまうものもあります。

(編集側からものすごい量の修正指示が入ります)

普段、書く側ではない私が文章を論じるのもおこがましいですが、日々思っていることをちょっと書いてみようと思います。


よい文章にするにはその文章で伝えたいことを自分の中で明確にしておくことが重要ですが、ここでは構成において「よくない文章」になる大きな原因だと私が思っているものを二つ掲げます。

それは

・主語と述語が合っていない

・主語と述語、修飾語と被修飾語が離れすぎている

です。


特に気になるのが「主語と述語が合っていない」です。

よく目にするのが、

「私が××だと思うのは、○○しました。」

というようなものです。

「思う」内容を続けなければならないのに、動詞で終わってしまっています。


「主語と述語、修飾語と被修飾語が離れすぎている」は、よい例文がある文章指南の本の帯に使われていましたので引用します。

――私は小林が中村が鈴木が死んだ現場にいたと証言したのかと思った。――

文法的に間違ってはいませんが、もっとわかりやすい文章にできるでしょう……と、誰もが思うはずです。


この二つの問題を解消するには、一つ一つの文章を短くするように心掛けることが有効だと思います。

接続詞で延々と繋がっている文章は話の行先を見失っていることがよくあります。

短い文章であれば、主語と述語の関係も明確になり、主語と述語、修飾語と被修飾語の距離も近くなります。

結果、書き手にも読み手にもわかりやすくなるのです。


さて、ここまで書いてきましたが、はたして私のこの文章は「よい文章」なのか……反省が必要なようです。



DTPデザイン課 これ書くの時間かかりました…